印度尼西亜の面影~Kabar dari Indonesia~

インドネシア在住7年目。ジョグジャカルタ特別州のガジャマダ大学大学院所属のどまぐれモンによるブログです。インドネシアとは、文化とは社会とは。宗教とは。無駄に色々考えてます。

インドネシア映画紹介その1:Tabula Rasa

 

Tabula Rasa (2014年9月公開)

クマンにある独立系ミニシアターKinosaurusで7月に見た映画。You Tubeのトレイラーに惹かれて観たが、個人的には過去に見たインドネシア映画の中でも3本の指に入るくらいよかった(2018年7月現在)。一見、料理映画と紛えるくらい料理のシーンが多く、鑑賞後はインドネシア国民食のナシ・パダンをむしょうに食べたくなる。しかし内容はインドネシアの多様性を光と影両面から写した素晴らしい映画だ。

(トレイラーは下部にあります。)

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Tabula Rasaのポスター。左からハンツ、マック、ナスティール、パルマント

ストーリー

主人公のハンツ(Hans)は、パプア州セルイ島出身。サッカー選手を志し、才能に恵まれていたため、ジャカルタのサッカーチームにスカウトされる。近所の子どものヒーローとして、家族や大勢の人に見送られてパプアを飛び立つハンツ。

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パプアでのハンツ

次のシーンでは、ジャカルタの路上でホームレスの様な格好で、その日暮らしを送っているハンツの姿が映される。足を故障し、チームを解雇され、住まいもの確保も間々ならず電車の線路横で寝起きしするような毎日だった。

ある日、ハンツは自殺をしようと思い立ったのかどうか、線路を見下ろす陸橋に立っていた。自殺は出来ずじまいだったが、お腹を空かして陸橋で寝ていたハンツに声をかけ、家につれて帰ってくれる人が現れる。スマトラ島の名物料理ナシ・パダン(Nasi Padang)レストランを個人経営するマック(Mak)だ。

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マックは一食をハンツに与えたが、食べ終わったら出て行こうとするハンツを心配する。次の日の早朝、路上で寝ているハンツに声をかけ食材の買出しに誘うマック。その後、手伝ったことに対して、お金をせびろうとするハンツに出て行けと怒る場面もあるが、最後にはレストランのお手伝いとして家に住まうことを許可するマック。

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市場への買い物にハンツを同行させる

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一時は家から追い出すが

 

当初ハンツを住まわすことに難色を示していたウェイターのナスティール(Natsir)とは徐々に打ち解けるが、コックとして働いていたパルマント(Parmanto)はハンツを受け入れない。終いには、レストランの売り上げが上がらないこともあり、パルマントは出て行ってしまう。

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パルマントは言い争いの後、出て行ってしまう

 

人手が足りないことに窮したマックは、ハンツにナシ・パダンの調理法を教えることにする。当初は戸惑うハンツだったが、きちんとした仕事を与えられ、身なりも整い徐々に笑顔も増えてくる。料理をすることに、人の役にたつことに喜びを覚えるハンツとそれを見守るマック。

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そんな折、目の前に近代的で大きなナシ・パダンのレストランが新たにオープンする。そのレストランに対抗するためにハンツが出したアイデアが、ナシ・パダンではどちらかというとマイナーな魚の頭の煮込み料理(Gerai Kepala Ikan )を看板メニューにすることであった。それは、マックが最初にハンツを家に連れてきてご馳走した料理であり、マックが過去に亡くした息子の好物でもあった。

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魚の頭の煮込み料理(Gerai Kepala Ikan )

 

解説/感想

ジャカルタとパプアの距離感というと普通の日本人にはあまりピンとこないだろうが、両方ともインドネシアという一つの国に属している。ジャカルタパプア州都のジャヤプラまでは、直行便でも5時間強。距離では3700キロ程度で、東京~フィリピンの端っこである南部ミンダナオ島ダバオ、と同じ位の距離である。

マレーシアやシンガポールの方がジャカルタ市民には距離的にも、(特に若い教育を受けた世代は)感覚的に近い部分もあるぐらい、パプアは同じ国ながら遠い。パプア州は、2002年に成立し、インドネシアの一部に組み込まれた。(この下りはまたいつか記事にします)

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一方で、「ジャワ島の連中にうまい汁を吸われていて貧困率も高い。インドネシアから独立すべきだ」という思想の人も現在も一定数いて、自由パプア運動(インドネシア語: Organisasi Papua Merdeka, (OPM)として活動をしている。

ジャカルタから住む人間の感覚としては、同じ国だけど心理的にも物理的にも遠く、半分は違う国。そんな感覚が一般的じゃないだろうか。

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自由パプア運動支持者

ハンツはそんな遠くからジャカルタにサッカー選手の夢を追って出てきたのだ。お母さんの「そんな遠いところでなくパプアのチームで選手になれるんじゃない」という問いに、「ジャカルタのサッカーチームは様々な面で進んでいるし、そこで成功することが重要なんだ」というハンツの言葉に、日々の生活の中でジャカルタに対して、(特に経済的側面)で羨望の目を持っていたのが伺える。

また、ジャカルタのチームを怪我で解雇された際に「自分はごみの様に扱われた」というハンツの言葉にも、ジャカルタとパプアの距離を推し量ることが出来る。

そんなハンツがホームレス状態になり、窮している時に救いの手を差し伸べたのがマック。彼女も実は元々はスマトラ島パダン出身で、地震で息子を亡くし、再起をかけてジャカルタに出てきた身だった。

ハンツに料理方法を教え始めてから、マックとハンツの仲は心理的にとても近づいていく。それはハンツが最初はマックの事をIbu(年上の女性に対する敬意を持った呼称)と呼んでいたのに、料理を習い始めて少し経つとMa(Mamaの略称。本当のお母さんでなくても近しい間柄の場合使う事がある)と呼び始めることからも伺える。

明るいといえない過去を持った二人をジャカルタで結びつけたのは、インドネシア国民食とも言える人気を誇るナシ・パダンだった。

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ナシ・パダン

夢破れたインドネシア東端パプアの少年と地震で家族を失った過去を持つ西端のパダン人の夫人が、首都ジャカルタの地で国民的人気食のナシ・パダンを作る事を通して心を通わせ、お互いの傷を少し埋め合わせる。

インドネシアの国土の広大さとそれに伴う過酷な現状を映しながらも、多様な人々が交差しながら生きていく様子を描いている。

タイトルのTabula Rasaはラテン語で、「いかなる観念や原理も書き込まれていない白紙の状態」を表す。個々人は人種や宗教などの前に、一個人として白紙であり、原理的には同じものを共有している。そんなことを暗示しつつも、インドネシアの多様性をもある方向から写した、とても後味のいい映画だ。

星5つ ★★★★★

 

Producer:Sheila Timothy
Director:Adriyanto Dewo
Writer:Tumpal Tampubolon
Cast:Dewi IrawanJimmy KobogauYayu UnruOzzol Ramdan
Release date: Thursday, September 25 2014

 

参照

http://catalogue.filmindonesia.or.id/movie/title/lf-t010-14-039453_tabula-rasa

 


Tabula Rasa (2014) - Official Trailer - RILIS 25 SEPTEMBER 2014

 

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